おコメ博士の闇米日記

日本農業(特におコメ)について考えるブログです。

国際稲研究所のIRRIのこと(1)インドとの不思議な縁

おコメの主要生産地は主にアジアなので、おコメ研究のメッカもアジアにあるのが筋というもの。

国際稲研究所、通称IRRIInternational Rice Research Institute)は、フィリピンロスバニョスにある世界最大のどデカい国際農業研究所です。

irri.org

 

IRRIは、アメリカのどデカすぎる財団、フォード財団とロックフェラー財団によって1960年に設立された国際農業研究所。その膨大な投入資金を背景に約250haの巨大な実験農場と実験施設・訓練施設をもち、1000人を超えるスタッフが働いています。農場管理や秘書などのスタッフの多くは現地のフィリピン人ですが、研究を指揮する研究者の国籍はまさにグローバル。世界中のおコメ研究者と、おコメ研究者を志す学生がココに集います。

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IRRI内の施設や実験圃場の一部。

と、そんなWikipedia的情報はさておき、実は私もおコメ研究者を志す学生の一人として、IRRIに留学していたことがありました。今回はその時の話などを。

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夜の成田発の飛行機に乗ってマニラのニノイアキノ空港に着いた頃には、フィリピンもすっかり夜。研究所が手配してくれた車に一人乗り込んで、現地訛りのドライバーとかみ合わないコミュニケーションをとりつつも約二時間マニラから南下していくと、車は真っ暗なIRRIに到着。

どんな部屋に住むのかも知らずにいたのですが、どうもルームシェアということらしい。

荷物をもってくれたドライバーに先導されるがまま宿泊施設の階段をのぼってその部屋にたどり着くと、上は白のタンクトップ、下はでかいスカーフのようなものを腰にまいた、ハンプティダンプティのような体がパンパンなインド人が陽気にドアを開けてくれました。「ハァイ!」

Denslow's Humpty Dumpty 1904.jpg

↗ハンプティダンプティ

 

結果的に、100kgくらいはあるだろうパルゥというこのインド人学生(28歳といっていたが40歳くらいに見えるくらいの貫禄)としばらく同室で過ごすことになるのですが、割と細かい作業の多い遺伝子解析を専門とする研究をしていながら、大らかで陽気な彼の人柄には随分と助けられたものです。

とは言え、一度共用トイレの床に彼のウンチの残骸が落ちてた時は、その大雑把さには頭を抱えたものでしたが。(アジアの人はトイレに併設する手持ちシャワーでお尻を洗う人が多いので、シャワーの当たり具合によってはウンチが床に飛ぶ('Д'))

柔らかいうんち・便のキャラクター

更に奇遇なことにインドとは他にも縁があって、私を受け入れしてくれた研究者もインド人でした。パルゥとは対照的に彼はとても繊細な人で、指導されている学生からも評判。決して上から目線にならないし、話をまず聞いてくれ、論理立てて物事をゆっくり言ってくれるので、「優秀なインド人って、こういう人のことをいうんだなぁ」と実感した瞬間でもありました。

 

更には、同室のパルゥと長い時間を過ごしたため、彼の友達(勿論インド人)が部屋にやってきてバカ話をすることが多く、徐々に仲良くなって、ほとんどこのインド人コミュニティの中で過ごすことに。日本人もIRRIにはいたのですが、まったく関わらず、ひたすらインド人化を進めた私は最後は彼等特有のインド訛りの英語も分かるようになるのでした。ルールもよく分からないまま、インドの国民的スポーツクリケットを一緒にやったり、する程に。

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 一度、研究所の気分転換トリップツアーみたいなのでフィリピン国内を泊まりで旅行した(その旅行も高速で車に後ろから衝突されるなどの珍道中っぷり)こともありましたが、その時も四人部屋の同室になったパルゥと、既に他の人達がいびきをかいている暗闇の中二人天井を眺めながら、とりとめもなく将来を話し合って、お互い研究者になったら共同研究したりしような、と言葉を交わしたのは良き青春という感じ。

そういえば、初めての海外旅行の国に選んだのもインドだったので、インドにはなんだか縁があるなと、思うのでした。

なんにせよ思うのは、インドにしろ中国にしろ、人口が多い国は当然いろんな人がいて、色んなイメージがありますが、行ってみてじかにイイ奴や立派な人に会ってみると、人間って多様でイメージだけで判断できないな、と思ったりします。

外国に行くメリットの一つは、そういうことなんじゃないかなと思っています。